前回は、転職後に早期の成果を求められる一方、それを阻む職場環境とのギャップに葛藤する中途採用者の実情について考察しました。新卒ではない以上、いつまでも悠長に構えているわけにはいきませんが、いたずらに功を焦ると空回りするのが常。そのうちドツボにはまって早期離職──。そんな事態を防ぐためにも、「順番」を間違えず、着実に歩を進めていきましょう!
なぜ成果が出せないのか──ルールを知らないから

なぜ新たな職場に入ってすぐに成果を挙げるのが難しいのかと言えば、その組織でのルールや慣習を把握していないからです。
スポーツでもゲームでも同様ですが、ルールを知らない人は勝つどころか、そもそもの土俵に上がること自体が難しい。何が得点につながり、何が反則なのかが分からなければ、勝負にならないのです。
勤務先を変える、特に異業種・異職種に転職するということは、それこそ競技やソフトが変わることと同じで、そのルールや慣習、そしてその中で動いているプレイヤー(上司や同僚)のことも改めて把握しなければなりません。
したがって転職後に取り組む順序としては、「ルールの確認」⇒「成果を挙げる」という流れになるでしょう。
明文化されていない暗黙の壁
「なーんだ、そんなことか」と思った方もいるかもしれません。
確かに基本的なルールである就業時間や残業の取り扱い、決裁基準、経費精算ルールなどは明文化されているでしょうから、把握することは難しいことではありません。これらは社内イントラネットを見ればすぐに分かります。
しかし問題は、組織には明文化されていないルールがたくさんあるということです。
そして構成員には暗黙知(当たり前)となっているので、外から来た人に教えようという発想にすらなりません。
例えば、ひと昔前の日系大企業では残業時間をどの程度申請してもよいか、上限に対する暗黙の了解があったものです。
サービス残業(この言葉も意味不明ですが)はもちろん労働基準法違反ですが、だいたいひと月で許される残業が会社や部署によって〇時間とか決まっていて、労働者側が自主的に調整してこの枠におさめるような慣行です(さすがに今はないと思います!?)
このような職場で残業時間を正直にすべて申請することは、法律上はともかく、社内的な評価としては低くなるというか「あいつは非常識」のような雰囲気が醸成されたりしました(重ねて申し上げますが、今はもうないと思います!?)
残業時間の申請だけではありません。そもそも残業をするのが前提となっているのか、残業しないで定時で帰ることを良しとしているのか、でも評価のされ方は大きく変わります。
どちらが良いのかという議論はひとまず置くとして、前者の職場で効率的に仕事を進めて定時に帰っていたら「やる気がないのか」という話になりますし、後者で遅くまで熱心にやっていたら「あんな時間まで何をやってるんだ」という評価になってしまいます。
組織に潜む“見えない”ルールたち
とはいえ残業に関しては、定時を超過したら割増賃金を支払うのか、みなし残業として〇時間分が基本給に含まれているか、などが明文化されているからまだマシです。
このほかにも、稟議を回す時には事前にどこまで根回しするのか、飲み会は断っても支障がないのか、上司は役職名で呼ぶのか、代表電話が鳴ったら誰が取るのか、帰宅するときには上司の席まで行って挨拶するのか、などなど組織には明文化されていないルール・慣習が山ほどあります。
私の経験では、挨拶一つとっても、①まったくしない職場(仲が悪いわけではありません)、②社内で人とすれ違うたびに挨拶し、帰宅時には上司の席まで行って一言かける職場、③出社時と帰宅時に部署の人にだけする職場、と様々なパターンがありました。
だんだんネタっぽくなってきますが、朝、ラジオ体操の音楽が流れる会社にはさすがにカルチャーショックを受け、広報部門だけど体操するのかなと思っていたら、周囲の誰もやっていないので一安心。ところがその後、他部門だったか組合だったかに「広報が真面目にやっていないのはけしからん」と突っ込まれ、本社でもやっている部署があることに二重に驚きました。
少し話がそれましたが、要するに新参者には右も左も分からないのです。先ほど職場が変わることをスポーツやゲームに例えましたが、やや大げさに言えば国や地域が変わることにも実は近いのかもしれません。

ポータブルスキルを生かす学習棄却
マスコミ出身者は潰しが効きにくいとはいえ、情報収集力や文章力、編集スキルをはじめとする広義のコミュニケーション能力は持っているでしょうから、少なくともこの点で会社が変わっても持ち運びできる「ポータブルスキル」を身に付けていることになります。
またマスコミ業界の内情や論理という、特に広報分野で強みとなる知見も有していることでしょう。
これをスポーツに例えるなら、基礎的な身体能力があり、プラスして一部の競技で特に鍛えた筋肉があるということになるでしょうか。
彼が仮にサッカー選手だったとして、これからバスケットボールを始めようという場合、その身体能力を生かすためにも、サッカールールのアンインストールとバスケットルールのインストールが求められます。
いくら基礎的な身体能力が高くても、バスケットでは足を使えば反則となるからです。
私たちもポータブルスキルを生かすために、前職のルールのアンインストールと転職先のルールのインストールが不可欠なのです。
組織の掟は仲間の証
ここまでは前段で述べてきた通りですが、もう一点、気を配らなければならないのが、上司や同僚もこのルール・慣習の中で仕事し、評価されているということです。
明文化されているルールはともかく、先述したような暗黙の了解となっているような事柄は、それを守っていることが構成員の証とも言うべき組織の掟なので、これを守れない人は成果云々というより、仲間としての資格を満たしていないということにもなり得ます。
暗黙のルールはその組織では「常識」であるからこそ暗黙なのであって、その常識を守れない人に対して、以前からいる人たちはフラストレーションを感じます。
最初のうちは「外から来た人」で許されるでしょうが、いつまでたってもルール・慣習を理解せずに自己流で成果を追い求めていると、やがて同僚たちは怒りや呆れとともに、少しずつ距離を置くことになるでしょう。そんな人をサポートするメリットが何もないからです。
一般事業会社の仕事はマスコミ業界に比べてチームで進めるものも多いですし、部署外のルールや見えないネットワークもたくさんあります。
大きな成果を挙げるには多くの社員と関係を構築し、他部門の協力を得ながら仕事を進めていかなければなりませんが、その取っ掛かりをつくってくれるのは同じ部署の上司・同僚以外にありません(新卒であれば同期という強力な味方がいるのですが)。
だから会社全体のルール・慣習に慣れるのに時間がかかっても、少なくとも自分が所属する部署には素早く馴染むよう努力することをおススメします。
私自身の失敗談:前職の常識を引きずって
これはまた別の機会に改めて書こうと思うのですが、実は私も一般企業から別の一般企業への転職時に人間関係の構築に失敗し、しばらく成果を出せなかった苦い経験があります。
その前の職場では時間をかけても着実に遂行することが良しとされており、あまりに早く成果物を出すと「こいつ何も考えていないんじゃね」という評価だったのが、新しい職場では多少生煮えでもいいからスピード感が求められ、その変化への適応に時間を要したのが一因かもしれません。
いま考えると、それほどスピーディーな対応を求められていたとも思わないので、前職の「常識」を引きずっていた私に上司や同僚もフラストレーションを感じていたのでしょう。
その意味ではルール・慣習を把握し、その会社(部署)の「常識」に染まるということは、ある種の洗脳なのかもしれません。
もちろんマインドなんちゃらの話をしたいわけではないのですが、とはいえ明文化されたルールだけをマスターすれば事足りるということでもないので、先述の順序にさらに追記しましょう。
「ルールの確認」⇒「組織に馴染む」⇒「成果を挙げる」
この「馴染む」という過程を飛ばして成果を求めると、うまくいきません。最もしっくりくるのは、やはりこの順序です!
コメント