【コーヒーブレイク】ロスジェネ世代、既卒でマスコミ就活してた頃

コーヒーブレイク
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今でこそ偉そうに転職のアドバイスをしていますが、私の人生、転職活動はおろか、就職活動でも(ついでに受験でも)転びっぱなしでした。ろくなもんじゃありませんが、このサイトで公開している内容は、そんな現場で汗と涙にまみれて(昭和っぽい表現ですね)学び取ったエッセンスですので、少しは皆さんの役に立つのではないかと思っています。

さて最近になって、ロスジェネ世代(就職氷河期世代)の問題がやっと社会でクローズアップされてきました。私も実はロスジェネ世代で、同世代の中では比較的運に恵まれて(努力ではありません)ここまでやってきましたが、まったく他人事とは思えません。以下の記事で少し触れましたが、私はロスジェネの上に「既卒」で、就職活動当時は本当にお先真っ暗だったからです。

「業界脱出の第一歩を踏み出そう!」

今も先の見えない中で就職・転職に苦労している人も多いと思いますが、私がどれだけデタラメで無謀な社会人人生を送ってきたのかを知れば、少しは勇気が湧いてくると思いますので、今回は恥をしのんで私のキャリアの振り出しをご紹介します。

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既卒者は人間失格!?

マスコミからの転職を支援する「プレスゲート」
マスコミ関係者向け転職支援・相談・コンサルティングを展開する「プレスゲート」です。新聞、出版、放送関係者で異業種・異職種への転職をお考えの方は、ぜひお気軽にご連絡ください。

夏が過ぎ、秋も深まろうとする頃。どうしても働きたくなくて大学を出てから何もせずにブラブラしていたものの、それも半年を過ぎると色々あって(親が謎の「幹部候補」の求人チラシを持ってきたり…)、さすがにバイトぐらいはするようになり、正社員の求人にも目を通すようになりました(それまでは由緒正しいニートでした)。

私は大学生時代に就職活動を一切やらなかったので、そこで初めて厳しい現実を突きつけられるのですが、大学を卒業した者は「新卒」ではなく「既卒」扱いになり、まともな会社は受験さえさせてくれないのでした。

最近はどうか知りませんが、10年以上前の当時は本当に新卒採用一辺倒で、在学中に内定を取れないような奴は「人間失格」ぐらいの言われようだったのです(某大学の就職課のコメントとしてテレビか何かで紹介されていたように記憶しています)。

リクナビのような就活サイトに登録しようとしても、個人情報の登録欄には「○年卒業見込」のプルダウンしかなく、登録すらできません。

これは困ったなと思って、とりあえず「卒業見込」ということにし(某社の皆さま、嘘ついてごめんなさい)、合同説明会とかに行ってみたのですが、どこもかしこも既卒者に応募資格なし。社員の親族は応募不可にして公正な採用活動を高らかに謳っている某商社も、当然のように応募資格は新卒に限られていました。

これが今に至るロスジェネ世代の最大の問題——年相応のキャリアを築けなかった理由です。椅子の数が限られていて、新卒時にそこから漏れた人は再チャレンジすらままならないのですから。

マスコミの緩い応募資格に救い

さて、そんな時に地元のローカル紙をたまたま見ていたら「記者募集」の告知が掲載されていました。文章を書くのは嫌いではありませんでしたが、何より私が強く惹かれたのは応募資格が緩かったこと。もう正確には覚えていませんが、確か30歳ぐらいまで、未経験可みたいな感じだったと思います。

もう俺には悪徳商材の押し売りかテレアポぐらいしかないと半泣きで思っていたので、いそいそと履歴書と課題の作文を提出しました。書類と筆記試験は何とか通って、一次面接で玉砕しましたが、私はクヨクヨしませんでした。マスコミは応募資格が緩いということを知ったからです。

ずっと記者になりたかった方には申し訳ないのですが、こうして私は食っていくためにマスコミを志望するようになりました。

ただマスコミの倍率が高いことぐらいは知っていたので、「弱者」なりに作戦を立てました。花形は編集、報道、制作でしょうから、そのような人気職種は避けて、営業職を狙うようにしたのです。そう、新聞記者の転職活動を指南している私は、実は当初、記者職ではなく営業職で応募していたのです!

何年もフリーター(というか私の場合は半失業者)だとますます就職はしにくくなりますから、背水の陣と考え、戦略も何もなくもう片っ端から放送、出版、新聞のマスコミ各社にエントリーしていきました。当時のエントリーシートは紙に手書きで、またマスコミのシートは書く分量も多いので、エントリーするだけでも非常に大変だったことを覚えています。

それだけ頑張っても書類で落ち、筆記で落ち、面接で落ち、どんどん持ち駒がなくなっていきます。そうそう、先日以下の記事にも書きましたが、今リストラで揺れているフジテレビもこの頃受けて、やたらとバブリーな社屋と派手な社員に驚きました(ちなみに面接であっさり落ちました)。

「フジテレビでリストラ策。希望退職が募集されたらどうするべきか」

春採用で結構な数を受け、片っ端から落ち、こりゃ秋採用に賭けるしかないかなと思っていた時、ある1社にふと出来心で記者職で応募してみました。記者は倍率高いし、激務っぽいしと避けていたのに、なぜこの時だけ記者職で応募したのか、もう覚えていません。あまりにも落ち過ぎてヤケになっていたのかもしれません。

記者になれたのはただのまぐれ

ところが記者職で応募した途端、書類に通り、筆記に通り、なんと面接にまで通ってしまったのです。これを運、あるいはまぐれと言わず何と言うのでしょう。ロスジェネ世代は競争が厳しかったからか、努力や自己責任が好きとか言われますが、私は自分自身の経験からまったくそうは思えません(人生のほとんどは運で、あとはちょっとの考える力と行動力かなと)。

いずれにしても私の職業人生は、こうして首の皮一枚でつながったのです。結果的に記者は辞めることになりましたが、仕事自体は一般企業の業務よりもはるかに楽しく(かつ大変で)、もしかしたら向いていたのかもしれません。もう戻ることはありませんが、あの日々には感謝しています。

私はロスジェネの苦労を語りたいわけでも、自分の(陳腐な)成り上がり人生を語りたいわけでもありません。偉そうに御託を並べている私も、ちょっと過去を振り返れば、どうしようもない日々を送っていたロクデナシです。そんな人間でも就職し、転職し、どうにかこうにか生活していると考えれば気が楽になりませんか? 人生意外と何とかなるものです。

そして冒頭申し上げたように、このサイトでは上記のように私が苦労して得た経験や教訓を基に記事を公開しています。私みたいに不器用な経験はしなくていいよう、お伝えできることは余すところなく記載していますので、ぜひ記事を参考にスマートに行動してみてください。

記者時代の失敗(入社半年で始末書とか)や転職活動の悲喜劇(いい年してトイレで着替えて面接に向かうとか)もまたいつかお話ししましょう。

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